エデンの軌道 SE

「僕は好きだな、この音。なんだか生命的な感じがするよ」

「うん。なんだか生命的な感じがしてきた。この音」

「少し窓を開けた方が良いと思うけど」

「うん。窓は開けよう、カーテンはどうしたら良いだろう」

「カーテンは開けた方が良いよ」

「そうだね。カーテンは全部開けよう」

「ここから月が見えるんだね。僕は此処へ何度も来たけど此処から月を見たのは初めてだと思う」

「此処から君と月を見たのは初めてだ」

「ねえ。月にはエデンは在るのかな」

「エデンは無いよ」

「エデンの人はカップヌードル食べてるのかな」

カップヌードルは食べて無いよ」

「そっか。エデンも無いしカップヌードルも食べて無いんだ」

「がっかりしたかい」

「僕はがっかりした」

「はやく食べた方が良いよ」

「そうだね。早く食べよう」

「生命的な音のする食べ物だろ」

「音だけだよ」

「でも、元々は生命だった」

「僕は罪深い女だな」

「君は罪深い女だ」

「でも、これ凄く美味しいよ」

「うん。凄く美味しい」

「そういえば少し前に月の夢をみた。僕が月にいたんだ。月には兎が沢山植えてあって地平線の向こうまで兎だった」

「誰かが兎を植えたんだね」

「僕はその兎を収穫した。それが僕の仕事なんだ。触ったり嗅いだりして、もう収穫して良いかどうか確かめるんだ。誰かに教わった訳ではないけど、きっと誰もがそういう風にするのだろうと思った」

「それは大変だったね。宇宙服は着て無かったのかい」

「宇宙服を着ていた」

「それは変だな。宇宙服を着たまま匂いは嗅げない」

「実際にはそうかも知れないけど僕には嗅げたんだ」

「そう、夢の中だからね。で、その収穫した兎はどうなるんだい」

「わからない。僕にはわからない。僕は収穫だけが仕事だから。引き抜いた兎は耳を縛って束ねるんだ」

「後で誰かが回収するんだね」

「きっとそうだと思う。耳を束ねられた兎はじっと待っていた」

「逃げたり、暴れたりはしないんだね」

「そうさ。じっと待ってる。誰かが来るまで。じっと待っているよ。そして僕は延々と兎の耳を束ねるんだ」

「誰が植えたのか知らないけど、やっぱり兎は月に適しているんだね」

「でも僕は不思議に思うんだ。なんで兎なんだろう。普通、月と言えば駱駝なのに」

「えっ、月には兎だろ。普通は」

「駱駝だよ。月の砂漠の唄知らないの、月の砂漠には駱駝がいるんだよ」

「唄は知っている。しかし君は間違ってるよ。あれは月にある砂漠の唄では無くて、月の昇っている地球の砂漠の事を謡った唄だよ」

「それは本当なのか。月の砂漠で駱駝が歩く唄では無いの」

「ない」

「僕は子供の頃から月には駱駝が住んでいるものとばかり思ってた」

「そんな事を考えている女の子は日本中できっと君だけだと思うよ」

「……」

「……」

「あ、さっきより月が右に動いてる」

「うん、あのマンションからだいぶ離れてきたね」

「あれ、こっちに来るかな」

「きっと来ないと思うよ。月の軌道は此処を通って無いから」

「そうだね。月は来れないね」

「君、まだ食べるのか」

「僕はもう少し食べる。生命的な音の食べ物」



 *


恐らくは月の軌道に触れている音 右の手は砂丘を求む


今、月に居て云うなれば《ただいま電波の届かないところにいるか電源が入っていない為かかりません》って感じで見ている地球


遺伝子の転写の如く望月のワタシはレイの一族デアル