マジックカーペットライド

11月も半ばを過ぎたのにもかかわらず山はほとんど緑だった。よく眺めれば山は杉ばかりで、これでは時期が来ても山一面が紅葉に染まることはないだろうと思う。
僕たちはバスを降りてケーブルカー駅へと至る参道を歩く。午後の空は雲が出始めているが太陽はまだ隠れていない。両脇には山で採れた山菜や干し柿を売る店、豆腐料理、猪鍋の店、蕎麦屋などが並んでいる。平日だが案外に人は多く、皆それぞれに店を冷やかしながら坂を上がっていく。歩けば暑くしばらく立ち止まると寒くどうにもやりにくい。
駅に着きホームに立っているとチャンネル式のテレビみたいに丈夫そうなケーブルカーがごろんごろんと降りてきた。僕たちは他の人たちとどやどやとケーブルカーに乗り込む。ほどなく運転手が乗り込み大きな音のベルをゆっくりと三回鳴らし浮かぬ顔をして運転をはじめる。ごろんごろん、ケーブルカーは上昇してゆく。ケーブルカーからの眺めはトンネルや樹木のせいで良くはないがところどころにモミジやウルシの紅葉が見える。
山頂駅に到着すると皆だらだらと歩きはじめる。僕はケーブルカーに子供が一人も乗っていなかったことに気づく。
駅を出るとコイン式の望遠鏡が置いてある小さな見晴らし台があり、そこからは空と海と島、その向こう側に半島が見える。
「全然連絡がとれないから入院したのかと思ったよ、このまま生き別れになるのかもしれないと思った」と僕は言う。
「そうね、そうなっていたかもしれないわ、仕事も辞めてしまったし」と佐々木さんは言う。
僕たちは七年間こんな風にして年に一度だけ会っている。お互いの無力さや、年々凶暴になり手に負えなくなってゆく世界について語り合うことはなく、映画や文学や優しい文化的なことを、出来るだけウイルスの発現を遅らせようとする医者みたいに静かに語り合ってきた。

「あれ、海じゃなかったんだ」僕は彼女に言う。「海かと思ってたんだけど街だったんだ、」雲間から差し込む光のせいでスポットライトを注がれたように麓の街はゆらゆらと夏の海のように輝き、本当の海はそのためにやや暗くなり雲の多い空と同じ色合いとなって混ざり合ったように見える。
「本当ね」佐々木さんは小さく笑って「あの島が江ノ島よ」と白い人差し指をするりと伸ばした。

見渡せば花ももみじもなかりけり浦のとまやの秋のゆふぐれ 藤原定家