マンションを見にゆく

「マンションを買ったから見に来ない?」と大学時代の先輩に誘われ、小田原に行くことにした。平日昼下がりの小田急線はすいていて、昼寝でもしようかとも思ったけど本厚木を過ぎたあたりから春の風景が気持ちよくて、眺めているうちに眠る機会を失った。
小田原駅は改装されて白く清潔な雰囲気になっていたが、改札を出れば人混みなどなく、冷たい夢の階段を降りるようだと思った。
駅前に待っていた先輩と赤の軽自動車に乗り、まずは桜でも、ということで小田原城へいく。ラジオでは峰竜太シクラメンのかほりを歌っている。結構うまい。
車をテトリスみたいに収納するビルに駐車して城まで歩く。堀の周りには桜並木が花びらを風に手渡しはじめている。幹は捻れ、樹皮は苔に覆われ、節から雑草が青々と茂りたくましい姿だと思う。赤い橋を渡り大手門をくぐり抜け、本丸へと上がる。本丸の堀は埋められて花畑になっていて、誰かが菖蒲に水をやっているのが本丸の堀にかかる橋から見えるのがみすぼらしい感じがした。それでも呑気に本丸広場で桜をバックに象の花子の写メを撮ったり、木工品販売のテントを冷やかしながうろうろしていると少しずつ気が乗ってきた。とは言っても、三十を過ぎた男二人ではそれほど間が持たず、ほどなく搦め手から城を降り人気のない商店街を通ってビルまで歩く。
先輩のマンションは駅から15分ほどの平屋やアパートが広がる静かな住宅街にあった。部屋から外を眺めると箱根の山並みが見渡せるが、このマンションのほかは高い建物が見えず、曇り空のせいか心細い気がした。
マンションは新築で一人暮らしには贅沢な間取りだった。先輩はとくに自慢するわけでもなく、嬉しくも悲しくもなく、ホテルマンのように淡々と部屋や台所や風呂場を案内した。台所は三点コンロや食器洗い機が備え付けてあり、なかなか立派だった。
僕は所在なく室内をうろうろしながら、ここまで一人で生きればもうマンション以外に買うものはないのもしれないと思ったけど、そう思うと他人の人生がぺたりと張り付くような湿気の臭いがする気がした。
先輩自慢の宝塚チャンネルを見て炭水化物ダイエットの成功話を聞くともうお互いすることなく、駅前の日帰り温泉で酒でも呑もうということになり、万葉の湯にいって、のんびり湯につかってから、食堂でビールや焼酎を呑みつつ、どうしてそうなったのか、日本は諦めて中国に抱かれるような外交が必要なんですよ、などと生意気なことを話していた。
それから休息室のテレビ付きリクライニングでごろごろしながらファッションポリスを見る。パネラーたちはアカデミー賞のパーティー出席の俳優たちを相当な毒舌でコメントしている。菊池凜子はピンクのプードルだとか、アンジェリーナ・ジョリーの髪型では家でテレビを見ていたほうがまし、など容赦がなく面白い。
そのうち目が冴えてきて退屈してきたので、万葉の湯を出て先輩とさらりと別れた。帰りは各駅電車だったので時間がかかる。ほとんど人のいない車内に揺られながら、今度先輩のうちでみんなで集まって温かいものを食べたいなあと思っているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。


遠い春湖(うみ)に沈みしみづからに祭りの笛を吹いて逢いにゆく 斎藤史