夏の風

夏。
昼間は外に出るのが厳しいので、夜地道な生活を送る。
つまり仕事。
来る日も来る日も仕事に励む。
仕事はビルの中の話だし、涼しい。
夏は来ない。
バイトが終わってビルを出たときが一番問題。
頭の中はそこそこ冴えたまま、身体は夏に戻される。
駅に続くデッキの上はまたとないひどさになっている。
暑い。
にじりよってくる暑さのせいですぐにも汗が全身ににじんでゆく。
デッキの上では風がのそりのそりと身にまとうような遅さで人々を包んでゆく。
つつまれてゆく。
風を纏ったわたしはあと十年独身であることに気付いた。
十年。
この年月をわたしはなまぬるい風に纏われたまま生きてゆく。
東京は優しい街だ。
終電が出ても街として存在し続け、今日も朝陽が出る頃に眠る。


これだけだ。
今のあたしにあるのは感情とかではなくて、目に見える情景のほうがあまりに大きい。
夏はわたしを奪っていく。
すべて剥いでいった最後に残った情景をあたしは詠いたくなる。