バイストンウェルと梳田とイン・アウト【3】
*ゆっくりと真水に降ろすゆびさきの ねえ、今ほしのおとが聴こえた
*海ほたる進化の果てに地下鉄の闇の内なる僕達だもの
*滅びない為に滅びる滅びても蒼いまままた欠けてゆく月
*囲まれて匂いたちくる夏の実の火を点さずに眠るバイクよ
*なめらかな寝息のひとの傍にいる きっと言い訳なんかできない
*僕たちは秘密まみれでオレンジの月に染まってゆくのでしょうね
(長澤詩夏 歌集『ツキノウミハラ』より)
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李 遙一等空士の部屋の温度は一年を通して25.5℃に保たれている。その25.5℃の空気の中で彼女の前髪は蒼白く照らされていた。
もう15分程、李 遙は同じ姿勢のままディスプレイをページも換えずに眺めていた。ノート中には歌集ソフトの光ディスクが挿入されている。タイトルは『ツキノウミハラ』。三日前に起きたあの事件の唯一の被害者、長澤詩夏の歌集。
長澤詩夏の歌をとても良いと思った。何時間眺めていても飽きて来ない。ある部分では抽象的過ぎるとも思うが、それは広がりに繋がるものだと思った。三十一音の中に無理矢理押し込められた無限。それを解放する事が自分の役割のように感じた。
以前、長澤詩夏の朗読会に参加した事があった。小さなスペースなので同じフロアに彼女も座っていた。
細くて長い手足。短めの黒い髪。蒼いように肌の色が白い。遙は自分が長澤詩夏で在れば良かったのにと思った。だが三白眼気味の眼は少しだけ怖いなと思った。
部屋の大きな赤色灯がゆっくりと点滅を始めた。スクランブルだ。自分は軍人なのだと遙は思った。自分には筋肉質の手足が必要なのだ。
ノートのスイッチを切って上着を取りに行く。扉に進む途中、開かれたままのディスプレイに一瞬目をやった。
小さくて四角い闇の平面がそこにあった。
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*けだものになるのもいいか髪の毛が月の光に波打つ様な (李 遙)