夏休み(瓶詰め)

ぴつたりとてのひらを伏せ白壁のつめたさをしきりあつめゐるなり 杉原一司


小さい頃、夏休みが来るたびに病人になった。
八月が近づき、休みに慣れたあたりになると必ず扁桃腺を腫らしてしまい、ひと夏のほとんどを布団で過ごす羽目になった。

夏休みになると僕と妹は新潟の父の実家で放置、というか子供たちで好き勝手にお生きなさい、という感じでほぼ夏休みを過ごしていた。
僕は父の故郷で一日か、二日遊んだあと、毎年案の定、発熱し寝込むのだった。

父の実家は、もともとは小さな平屋だったのらしいのだが、増築に増築を重ねて僕が過ごしていた頃は一階より二階が広かったり、行き止まりの廊下があったりして傍目にもでたらめな外観で、明らかに周囲の伝統的な日本家屋からは浮いていた。
僕はそのでたらめな家の二階の、昔人妻と駆け落ちしたらしい高校の教師に間貸ししていた部屋で、天井の木目を眺めながら寝ていた。

家のある部落は、市の中心から離れた小さな盆地で水田、川と、少々の民家、部落を貫く道路など単純な構成で特に美しい景色はなく、よくある地方の衰退していく姿だった。

夕方になると汗にまみれた僕の身体を仕事から帰ってきた叔父が丁寧に拭いて、着替えさせてくれた。
あるとき、叔父が汗と熱でぐんにゃりとした性器をなんともいえない表情で見下ろしながら拭いてくれたことがあった。その表情の一瞬の複雑さにつられて僕も自分の性器を眺めた。
僕もなんともいえない気持ちになった。みじめでも、あきらめでもない、自分の感情がわからないまま眺めた。ただなんとなく叔父のまなざしの意味がわかったような気がした。

パンツとズボンをはくために立ち上がる。外は薄暗くなりつつある。
夥しい蝉の声が聞こえる。その声の切れ目から水田の向こうの川の音が響く。
僕は外を眺めている。
目線を下げると庭で祖母が育てている鶏頭が見える。ほおずきが見える。
隣家の酒屋の土蔵が見える。立ち上がり、見つめ合う時刻。
土蔵の白壁を眺めながら僕とあの土蔵はどれほどの距離があるのだろうかとぼんやりと思う。
部屋からは闇が広がりはじめる。


見えはじめすき透りはじめ少年は疑いもなく死にはじめたり 小野茂