バイストンウェルと梳田とイン・アウト【3】


*ゆっくりと真水に降ろすゆびさきの ねえ、今ほしのおとが聴こえた


*海ほたる進化の果てに地下鉄の闇の内なる僕達だもの


*滅びない為に滅びる滅びても蒼いまままた欠けてゆく月


*囲まれて匂いたちくる夏の実の火を点さずに眠るバイクよ


*なめらかな寝息のひとの傍にいる きっと言い訳なんかできない


*僕たちは秘密まみれでオレンジの月に染まってゆくのでしょうね




(長澤詩夏 歌集『ツキノウミハラ』より)


       *


李 遙一等空士の部屋の温度は一年を通して25.5℃に保たれている。その25.5℃の空気の中で彼女の前髪は蒼白く照らされていた。


もう15分程、李 遙は同じ姿勢のままディスプレイをページも換えずに眺めていた。ノート中には歌集ソフトの光ディスクが挿入されている。タイトルは『ツキノウミハラ』。三日前に起きたあの事件の唯一の被害者、長澤詩夏の歌集。


長澤詩夏の歌をとても良いと思った。何時間眺めていても飽きて来ない。ある部分では抽象的過ぎるとも思うが、それは広がりに繋がるものだと思った。三十一音の中に無理矢理押し込められた無限。それを解放する事が自分の役割のように感じた。


以前、長澤詩夏の朗読会に参加した事があった。小さなスペースなので同じフロアに彼女も座っていた。


細くて長い手足。短めの黒い髪。蒼いように肌の色が白い。遙は自分が長澤詩夏で在れば良かったのにと思った。だが三白眼気味の眼は少しだけ怖いなと思った。


部屋の大きな赤色灯がゆっくりと点滅を始めた。スクランブルだ。自分は軍人なのだと遙は思った。自分には筋肉質の手足が必要なのだ。




ノートのスイッチを切って上着を取りに行く。扉に進む途中、開かれたままのディスプレイに一瞬目をやった。




小さくて四角い闇の平面がそこにあった。


       *


*けだものになるのもいいか髪の毛が月の光に波打つ様な  (李 遙)

お菓子の家

例うればお菓子の家と共にある鍋息の根夜中の攻撃


あまりにも遠くにいます離れてては消えぬここは甘くやさしい


一定のテンポがあって毎日が続くと苦しいわたあめかじる


頬擦ればこわれる気色まだ曲は序盤安心できる音域


遠回りして遠退いてみる好きになどできないやわく流れる英文

ケータイ短歌の現場より(10) 歌クテルのオフライン活動と「ウタちゃん」のナゾ

「歌クテル」世代の短歌活動を紹介する「ケータイ短歌の現場より」、連載を再開します。
「ケータイ短歌」に関わる我々は、その名の通り「ケータイを使って活動をしている」います。主にメールやケータイネット(iモードサイトやEZWeb等)を使用して作品をつくったり交流していますね。
インターネットを齧ったことのある人なら常識だと思いますが*1、ネットを中心として活動する場合は、基本的にハンドルネームを使用します。評価されるのは作品のみ*2。ゆえに、互いの年齢や性別等を知らぬままの、文字だけの交流、という場合も多々あるのです。


さて、「歌クテル」は同人誌も作っているのですが、そういうネットよりの活動のための弊害もあります。つまり、「顔が見えないから、内部ではどんな活動をやっているかイマイチわからない」ということですね。矛盾があるようですが、「顔を合わせて話をする」というのは本当に重要。「同人」という組織において、ネットだけの付き合いの人を信用できないのは当然のことです。
年に1度は「オフ会」としてみなさまが集まる機会を設けていますが、あれはどっちかというと飲み会に重点がおかれるので(笑)。「歌クテル」の今後の大きな課題だと思っています。


オフライン活動*3の一環として、短歌同人「歌クテル」では、2007年に以下のようなイベントに参加いたします。

▼第7回Poemバザール(ぽえざる)(http://6250.teacup.com/poembazar/bbs
◆日時・・・2007年10月7日(日)午後1時00分〜4時30分
◆場所・・・キャンパスプラザ京都 2階レセプションホール (JR京都駅徒歩3分)
 歌クテル3期会員りっとさんたちの詩歌サークル、「トリプティク」さまの委託です。「歌クテル」関西進出!3号のみ、冊数限定です。

▼第6回文学フリマhttp://bunfree.net/index2.htmlhttp://d.hatena.ne.jp/jugoya/
◆日時・・・2007年11月11日(日) 開場11:00〜終了16:00
◆場所・・東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第2展示室
 (JR線・東京メトロ日比谷線 秋葉原駅徒歩1分、都営地下鉄新宿線 岩本町駅徒歩5分)
 昨年に引き続き参加させていただきます!今年は参加希望サークルが多く、抽選だったそうで…。短歌サークル代表ってな勢いで行きたいっす! 

当ブログのタイトル画像では、「ウタちゃん」といううちの看板キャラクターがぴょこぴょこしているのですが、この子が「文学フリマ」の公式キャラにちょっと似ているというので物議をかもしております(^^;)。昨年文フリに参加したとき、通りすがりのかたから「だいじょうぶですか…?」なんて聞かれましたが、他パンダの空似です*4
ウタちゃんは、うちの編集担当二浦ちほちゃんのオリジナルキャラだよん。


イベントでの歌誌の取り扱いですが、事前にご連絡いただければお取りおきもいたしております。
また、「歌クテル」のメンバーが誰かしら店番をしていると思います。イベント限定の「とりかえっこ短歌カード企画」も進行中。
世間話だけでも、どうぞ、お気軽にご来場いただければ幸いです♪

*1:驚くべきことに、短歌の世界では「本名でなければ認められない」という風潮があります

*2:当たり前だと思うけど、相手の社会的な地位や顔のかわいさ(笑)はネットではわかりません。長年やってしまうと、どうしてもしがらみが生まれることもあるけど…、基本的には平等だと私は思っています

*3:ネット上の活動を「オンライン」、ネット外の活動を「オフライン」といいます。「オフ会」とは「オフラインミーティング」の意

*4:いや、パンダでもないんだけど…。なんていうのかな。耳とかしっぽが音符♪になっているのよん。かわいいでしょ?

北上川へ向かう支度をして眠る2006年9月1日

9月ですねぇ。
暦の上ではもうとっくに秋なのだろうけど、やっぱり9月にならないと、秋が来た、という感じはしない。8月はやたらと暑かったし。毎年楽しみにしているキリンビールの秋味を飲んでも、コオロギが鳴くようになっても、9月にならないとなんとなく秋じゃない。9月になっちゃうと否応なく秋なのだけれど。

そんなわけで、去年の秋の始まりの日、9月1日ってなにしてたっけ?と考えてたら、こんな連作を書いたのを思い出しました。



【かっぱのかわ】小春川英夫*1

久々に河童に会ってみたくなり逃げ水を追って、追われていく旅

逃げ水はアスファルトから照り返す夏のあがき 九月二日

ウニは身を悶える テレビは笑う 海の匂いが濃すぎる浜の夕食

川は深い青しかうつさない山の懐の深い緑の中で

平らかにビルの広がるジャングルに名の有る川を越えて帰るよ

月曜の人が流れていく街は思いのほかにアナログでした

夜に降る雨に都会のカッパ達はいらだちを隠さずに走る



うーん、イカンなこれは(苦笑)

ただ、この連作に限らず、自分にとって短歌は日記というかスナップ写真のようなもので、何があったか、だけでなく、そのときの感情も思い起こさせてくれる記録であり、そういうのを後から読んで思い出すための手段です。ここに挙げた紀行詠*2(なんですよ、一応)に限らず。
歌には詠まなかったことも、この連作がなんでイカンものになったのかってことも含めて、去年の9月の頭頃はあんな気持ちだったんだよなぁ、なんて思い出します。
そういう記憶の再生は、自分にしかできないもので、他人にはわかりっこない。それは表現だとかなんだとかとしてはどうなのかとも思うけれど、そういうのが自分にとっては短歌を詠むきっかけだったな、なんてことをこの連作を読んであらためて思い出しました。そして、そういう動機だけで短歌を詠んでいけるな、とも。
短歌を詠む動機はそれだけじゃなくなってるんだけれども、私にとってはやっぱり、自分の気持ちを自分に分かるように記録したり整理したりしておくには短歌がちょうどいいな、なんて思うのです。
定型があるから言わなきゃいけないことがあって、定型があるから言わなくていいこともあって、575にさらに77があるからすごく気持ちが乗っかってみたりして、破調もできたりして…。しかもたまにはそれが他人に伝わったりするわけで。

…まあ、そんなことをつらつら思ってきりがないしまとまらないついでに、8月の暑さと7月の寒さを思い出したり、ずっと短歌を詠んだり読んだりしていきたいな、なんて記した2007年9月1日、秋の始まりの日でございます。

あと、夏の終わりの日、8月31日には、こんな本を買ったことと、題詠blog2007(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2007/)を完走したこともついでに。

知っ得 短歌の謎―近代から現代まで

知っ得 短歌の謎―近代から現代まで


*1:初出は私のホームページのこちらです

*2:旅のことを詠んだ歌。旅行詠ともいう

君のためにできること

いつかって言わないでくれゆっくりと目の高さまで煙草をあげて ―加藤治郎


最近気がついたのだが、タバコを吸う男性と、私はなぜか縁がある。
ハタチを超えたぐらいから現在に至るまで、まともにお付き合いをしたり、好きになった男性は全員喫煙者だ。
でも私は一切タバコを吸わないし、タバコ自体を好きか嫌いかで聞かれたら、やっぱり「好きじゃない」と思う。
単に、相手に禁煙を無理に求めないだけだ。まあ、体のことを考えたら確実に止めた方がいいのは確かだろうけれど。
一人のときは禁煙席に座る。喫煙所の前も、自動販売機の前も当然素通り。そんな生活。おそらくこの先も、私がタバコを吸うことはないだろう。




タバコといえば今でもたまに思い出す出会いがある。
もう5年ぐらい前の話になるが、しばらく入院生活を送っていたことがある。
ほとんど俗世を離れた環境で、何にもない生活。あるのはゆったりと流れる時間だけ。
ただでさえ暇な上に、皆、手持ち無沙汰なのだろう。ひどく喫煙率が高く、深夜でも早朝でも、ガラス張りの小さな喫煙室から人が絶えることはなかった。


その中に一人、当時40代半ばになろうかという男性がいた。
私はその人から、約ひと月、彼が退院するまでの間、毎日毎日タバコを一箱ずつ贈られ続けたのだ。
かわいいピンク色の、いわゆる「女の子が吸うタバコ」・・・それを毎日。
でも、何度も繰り返すようだが私はタバコを吸わない。
もちろんその人にも「私はタバコを吸わないので、いただいても困ります」といい続けたのだが、


「いやでも・・・自分には他にあげられるものがないから」


必ず悲しそうにそう言われてしまい、静かに一箱のタバコを差し出してくれるのだ。
そうなると私もなかなか断りきれず、私の病室には日々ピンク色の山が積まれていった。
私が持っていても仕方がないので、同じ銘柄のタバコを吸う人にそのまま渡して・・・毎日がこの繰り返しだった。


一日一日、静かにその調子で過ぎていった。
タバコを渡すとき、その人はいつも何か言いたげだったことはよく覚えている。
(何か言いたいんだろうなぁ)
そう思うものの、かと言って「ではお話でも」という気にはなれず、ただお礼を言うのが精一杯だった。


ただそれだけの関係。その時以外は、ほとんど話したこともなかった。


かの時に言ひそびれたる
大切の言葉は今も
胸にのこれど   ―石川啄木


それがある日突然、ふいに廊下で名前を叫ばれて呼び止められ、嵐のような勢いでとめどなく身の上話をされた。
聞けば退院が決まったとかで、恐らく気分がかなり開放的になっていたのだろう。
内容は自分の半生と闘病記。相当に重い話なのに、それをとんでもなく軽妙なテンションで話してくれた。
私はといえば、(これで言いたいことも言えて楽になれたのかなぁ)と思う気持ちと、
(この話の内容でこのノリはちょっとしんどいなぁ)と思う気持ちと半々で、でも数時間話を聞き続けた。


そして退院当日。挨拶に行った私に対し、その日もやはりテンションが高いままで、
「ああ!ありがとう!!そうだ、君に言いたいことがずっとあったんだよ!」と言い出し、
「君の事は○○さん(←看護師さん)と○○さん(←患者さん)の次に好きだったよ!3番目だったね!!」と堂々と言ってくれた。


3番目・・・。
いや別にいいんですけど。何も期待しちゃいないし。私も別になんとも思ってないし。
でも3番目かよ。そんなにハッキリ言わなくてもいいのでは。
『言ひそびれたる大切の言葉』は、その人にとっては身の上話じゃなくて、私は3番目だよということだったのか。
時には言いそびれたままの言葉があったほうが、いいのかもしれない。


ただ、そのときも私の手の中には、貰ったばかりの小さなタバコがあって、
その優しいピンク色がいつもよりも鮮やかに、きらきらと感じられたことを覚えている。


過ぎ去った時間の紡ぎ目が閉じていき優しい色が二人を染めて ―成宮たまき

バイストンウェルと梳田とイン・アウト【2】

長澤詩夏の場合これといって準備は必要無いと思われた。


朝起きて身仕度を整える、そうして寝室の窓を開ける。只、それだけで良いような気がした。せっかくだから少しお洒落をしてみようかと思ったりもしたが、それもなんだか変だなと思い普段着のままで待つことにした。


まだ早朝にもかかわらず少し汗ばんで来た。時々窓から吹き込む風が心地いい。樹に繁る葉っぱと朝露の匂いを孕んだ風だ。詩夏はラジオ体操の匂いだと思った。懐かしい匂いであると。あの頃はラジオ体操から急いで帰るといつもおばちゃんが待っていた。


短歌を作るようになったのもおばちゃんの影響だ。ラジオ体操から帰ると毎日ふたりで短歌を詠みあった。それを懐かしいと思った。いつの間にか忘れていたような気がした。


振り返って時計を見る。7時をとうにまわっている。


(もしかして今日は来ないのだろうか?まあ、それもあるかな。約束している訳ではないし)


そう、約束は無い。詩夏にも確証は無かった。只なんとなく今日のような気がしただけだ。


詩夏のまわりには最近行方がわからなくなった歌人仲間が数名いた。全く予兆も無かったし後の足取りも掴めない。
詩夏はその人達が《翔んだ》のだと思った。理由は知らないし何処へとも分からない。
だがなんとなく詩夏はそういう風に理解していた。


少しだけ強い風が吹いた。


(今なら翔べるかもしれない)


何故だかそう思えた。この風ならば翔べるかもしれないと思えた。待つことは無い。自分で決めれば良いのだと思った。
ここは18階だし今ならこの風に乗って少しは翔べるんじゃないだろうか。一度そういう風に思うとそれが段々と確証じみた考えに思えて来た。


詩夏は窓枠に腰掛け地上から50メール程の空間で足を二、三度バタつかせてみた。


ひときわ強い風が吹いた…


     *


「拡大映像、モニターに出ます」


なっ、なんだあれは!


「かなりでかいな」


「かなりじゃなくて、凄くだと思われますが」


…ああ、そうだなっ


「おい、あれがオーラバトラーってヤツか」


「い、いえ。多分違うと思います…あれはオーラシップかと…」


オーラシップ?…シップ。船かっ!?船だな…それくらいは私にも分かるぞ。


「小隊長、あれ!あいつの真下の建物。中程の窓に人影です。かなり身を乗り出してますが」


「おっ!? 女の子だよ」


「索敵手、あの人影を拡大出来るか」


「了解、光学ズームします」


「あ〜!? あの女の子、長澤詩夏だ」


「本当だ。詩夏ちゃんだわ。私、歌集データ全部持ってるもの」


「お前達、知り合いなのか」


「アイドル歌人の長澤詩夏ですよ。小隊長、知らないんですか?」




「なんだ!艦が流されてるぞ」


「目標の周囲、半径5kmの地場に極端な歪みが生じています」


「あの民間人はどうなった」


「大変! 彼女飛び降りる気だわ」


その長澤詩夏と呼ばれた女性は我々の目の前で高層マンションの中程の窓から飛び降りた


「目標に変化。発光してます」


モニターの中であの物体が薄い紫に発光している。


「目標の周囲がまるで陽暮れたような色だわ」


「あれは!? 小隊長、長澤詩夏が浮かんでます」




長澤詩夏は紫色の光の中でひとり浮かんでいた…






*翼なき少女が窓を開け放つそのうつくしき飛翔のかたち
      -永田和宏-


*こんなにもひとりだなんてありえない紫色に鳴く蝉の声
      -長澤詩夏-